ドバイで日本語教師をした話

大学時代の友人がドバイで会社を経営していて、ドバイで日本語を学びたい人は多いと聞いたので、
その友達に手伝ってもらってドバイで日本語教師をした事があります。

一応その友達の会社に属している形で滞在の許可を取り、日本語教師として働く事になりました。
その大学時代の友人はドバイで人脈を築いていたので、その友人の紹介ならと言う事で私も信頼を得ることが出来ました。

ドバイでの出稼ぎ外国人事情

ドバイは産油国で超リッチな国として知られますが、出稼ぎ外国人には意外に厳しい国です。
外国人には外国人の給料相場があり、決してその賃金は高くは無いのです。

私も日本語教師として働いてそんなにお金が稼げるとも思ってなかったのですが、
友人の紹介してくれる生徒は大物が多く、ドバイで働く日本法人の社員くらいのレベルは貰えたので恵まれていました。

それで、何人かのドバイの人に家庭教師のような感じで日本語を教えていたのですが、どの生徒の家もかなり高級で、
私もいつかこんな家に住みたいと思いつつ多分一生住めないだろうなとあきらめたりもしていました。

ドバイにとって日本は石油を買ってくれるお得意様ですし、
親日の人が多い国なので、日本人として働いて不愉快な目に遭うことは有りません。
みんな高水準の生活をしていて知識も教養も豊富ですし、明るい人が多いので教えていて面白かったです。

ドバイで出会った女の子

そんな私の教える生徒の中で、一人中学生の女の子が居ました。
日本にとても興味を持っていて、将来日本に行きたいと言っている少女です。
独学でかなり学んだようで、私が教え始めた時にはすでに日本語がカタコトですが話せていました。

日本の漫画を基本にして学んだようで、日本語の使い方が少年漫画のクセが付いており、
「ちくしょう」とか「ちぇっ」とか「これでもくらえ」みたいな言葉を良く使い、
エレガントな見た目とのギャップが面白かったです。

その少女とは仲が良くなり、教師と生徒と言うよりは歳の離れた友達のようになりました。
一緒にドバイ観光をした事もあり、ドバイの事についていろいろ教えてもらいました。

私も日本語教師のプロですし、その女の子も日本語に対して学習意欲が有り、
中学生の時期は脳がマックスで働くので真綿が水を吸うように教えた事を吸収します。
かなり短期間で日本語が上達し、最終的には日本人と話しても何の不自由も無い程度にまでなりました。

ドバイには二年ほど居たのですが、日本の実家から「そろそろ帰ってこい」と
言われるようになりましたので帰国する事にしました。

その女の子との別れは寂しかったですが、教師をしていれば生徒との別れは仕方ない事です。
最後の授業の時は、その女の子のお父さんに丁寧に礼を言われ、「これは今までのお礼です」と
包みを渡されたのです。

多分お菓子とかだろうと思ってそのまま受け取って別れたのですが、
帰りにタクシーの中で包みを見るとお金がぎっしり詰まっていたので驚きました。

友人の社長にその事を言うと、「ドバイの富豪の気持ちだから受け取っておけ」との事でしたので、
ありがたくもらう事にしました。

丁寧にお礼の手紙を書いたのはもちろんですが、
ちょっとリッチになって日本に帰国出来たのがとても嬉しかったです。